百円の恋

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「百円の恋」とクリープハイプが歌うエンディングテーマ「百八円の恋」。
地獄でなぜ悪い」で本編が終わり頭に (???) が溢れるなか星野源
♪嘘で何が悪いか~
と朗々と唄い出した時以上の映画と主題歌の濃密な共犯関係、そしてカタルシス。
こんな終わりかた、初めて。
新しい発明かと思わず息をのむほどインパクトの強い、エンディング。

ほんとにこの娘が映画の主役でいいのか。
と、どきどきしてしまうほど愚鈍でぶすな32歳の一子が成り行きで始まった初めてのひとり暮らし、100円ショップでのバイト生活、ロートルボクサーとの恋、そしてボクシングとの出会いを経てどんどん変わってゆく。
というととってもキラキラしていそうだけどバイト先はいわゆる「アウト」なひとばかりだしボクサーは一子を誘った理由を「断らなそうだったから」とのたまいボクシングを始めた一子に「俺、一生懸命になってるやつ嫌いなんだよ」と浮気をし転がり込んだ一子の部屋からさっさと出ていってしまう。
と、書くとどれだけ悲惨な話なんだよって感じだけれどそんな感じはまったくしない。
初めてだらけで泳ぎ方もわからずただただ波にのまれる暮らしの中で、彼との出会いで、彼女はそんなことよりも大事なものをとっくにみつけられていたから。
そう、ボクシング。

そこから一子のボクシングまみれの日々が始まる。
試合開始のゴングみたいなスピーディーでゴリゴリなロックの音にのせて愚鈍で、無愛想で、誰とも上手くコミュニケーションがとれなくて。
そんなだめな自分をかなぐり捨てるよに彼女の目は鋭さを持ち、鏡餅のようにまるまるとしていた背中からはすっかり贅肉が落ち、同一人物とは思えないフットワークでシャドウボクシングをする。
そして彼女には「試合がしたい」という夢ができた。
夢を追い始めると磁石のように人がひきつけられるものなのか、不和しかなかった家族との溝も少しずつ埋まり始め、あの浮気ボクサーもジムでトレーニングに打ち込む彼女の姿に釘付けになる始末 笑

私は彼女がボクシングをやってみたいと思った理由に胸がきゅっとなった。
「試合が終わった後に、こう、お互いの肩をぽんぽんって叩くの。あれがいいなって。」
念願の試合が終え、歩くのもやっとな一子が対戦相手のもとへよろよろと近づいて行きしがみつくように抱きつく。肩をぽんぽん、と叩く一子を笑顔で抱き返し、対戦相手も肩をぽんぽん、と何度も叩く。
闘い抜いたものだけが受け取れる、ことばのないエール。
よかったね、一子。
認めてもらえたね。
逃げずによく、頑張ったね。

一子の顔は四谷怪談のお岩さんのように無惨な形になっていたけど、そこにもうかつてのぶすで愚鈍でだめだめな女の影はひとかけらもなかった。
「勝ちたかった!」
彼の前で自分の気持ちを叫び、大泣きするこの女の子はほんとに聞き取れないくらいの声でぼそぼそと喋る、自分の気持ちもうまく語れないあの子なんだろうか。
そしてまだ物語も終わり切らないうちに、彼女の気持ちを代弁するかのように唄い出す尾崎世界観
クリープハイプ「百八円の恋」。

もうすぐこの映画も終わる
こんなあたしの事は忘れてね
これから始まる毎日は
映画になんてならない程
普通の毎日で良いから

一子のこれからが、普通でもぽつりぽつり笑顔になれる日々であるように。
小さく祈りながら見送る。

忘れられない映画がまたひとつ、増えた。スクリーンで観ることができて良かった。
そして安藤サクラ
有無をいわさず一子を演じ抜いたこの素晴らしい女優さんに心からの拍手を。
あ!ロートルボクサーを演じた新井浩文さんももちろん良かったです!